続・チャレンジと無謀は天と地ほどの差があるVol.2

 台風の進行方向の右側は、昔から船乗りの間では「危険半円」と呼 ばれていることは、海運業やプレジャーボートの皆さまならばよくご存じだと思います。台風の進行方向に対して右側では、台風の中心へ吹き込む風向と台風の進行方向がほぼ同じなので、風速+台風の進行速度が加わるために、風も強まり、そのために波も高まります。

 特に船とクルーの命を預かる船長は、安全な航行を第一に考えるため、絶対に航行を避けたいのがこの「危険半円」と言われる大荒れのエリアです。もしも、マリンスポーツ・レジャーをする場所が、台風の危険半円エリアに入っているのであれば、最大限の警戒と早めの避難が求められます。台風の接近時には、沿岸波浪実況図が示すとおり、頭サイズの波が、次第に2倍、3倍、4倍へと変化することがあります。頭サイズが4倍になるということは、およそ3階建てのビルの高さの波が押し寄せてくる危険極まりない状態です。

 ハワイのワイメアなどのビックウェイブがヒットするポイントでは、数千kmも離れたアリューシャン列島周辺で大型台風並みに発達した低気圧から届けられるために、セット間隔は長く、セットの波数も少ないのです。だから、鍛え上げられたエキスパートサーファーであれば、長いセット間隔を利用して、ピークにパドルバック(もどること)することが可能であり、ピークであがった息を整えることもできます。

 一方、台風接近時の荒れ狂う波の時には、セットの間隔は短く、波数が多く、しかも波と波とが重なった一発大波やバックウォッシュが影響した不規則な波なども加わり、そのうえで猛烈な強い流れ(カレント)が発生することも珍しくありません。

 日本の海上保安庁のレスキュー用ヘリコプター(以後レスキューヘリ)の操縦と飛行能力は、世界最高レベルです。レスキューヘリの能力の差にもよりますが、消防の小型レスキューヘリなどが救助に飛び立てないような強風の時でも、海保のレスキューヘリは風速20m前後であればレスキューに出動できる頼もしい存在です。

 ただし、台風の接近時には、仮にレスキューヘリの離陸時には風が落ち着いていても、捜索中や帰還時に、2倍、3倍、4倍に強まった暴風に巻き込まれて、二重遭難事故を起こすリスクがあります。マリンスポーツ・レジャー愛好者の無謀な行動が、レスキューヘリに搭乗している海上保安官の命に影響することを決して忘れてはなりません。「危険半円」で台風が接近してくる時には、無謀な海での行動は絶対に控えてください。

 逆に、台風の進行方向の左側は、航行が可能なことを意味する「可航半円」と呼ばれているエリアです。台風の進行方向に対して左側では、風は強く吹いているものの、台風の進行方向とはほぼ逆の方向で風が吹いているので、その分風は右側に比べると多少弱まり、そのために波も弱まるため。ただし、台風が停滞気味などの場合には、どちらも風は強く、波も高まることとなります。

 基本的な考え方として、このエリア内を船で航行する際には、突風や雷などに警戒する必要はあるものの、台風が徐々に離れていけば、雨・風・波が落ち着いていく可能性が高く、船を目的地に向かって早めに最短航路に戻すことが可能となるため、「可航半円」と言われています。波と風が徐々に落ち着いていくため、マリンスポーツ・レジャーの上級者から、注意を払いつつも海での活動が可能になるはずです。ただし、これはあくまでも原則論であり、台風が停滞したり、迷走したりすると、必ずしも進行方向の左側だから、波・風が落ち着くとは限らないケースがあることを押さえておいてください。

 くどいようですが、あくまでも基本的な考え方として、台風の影響が心配されるときには、まず活動する場所が台風の「危険半円」か「可航半円」のどちらに入っているのかを判断して、その後の変化を予想してください。そのうえで、台風の勢力、進路、発達具合などを、常に最新の気象(台風)情報を参考にして、冷静な判断をすることが求められます。

 台風の進路や勢力から、その危険性を予知して、事前の対策を講じること、いわゆる事故防止“Safety First”の行動指針はとても重要なことです。日ごろ波や風に揉(も)まれ、海や大自然の脅威と危険を肌で感じ、そのうえで海の楽しさと素晴らしさを愛し、人生に彩りを添えているマリンスポーツ・レジャーの愛好者だからこそ、台風の正確な知識と状況判断ができることが強く求められます。

 S氏の話の例を出すまでもなく、海で行動するときに、特に台風の影響が予想されるときには、日ごろ心身を鍛え上げている上級者であっても、リスクを十二分に配慮した安全対策がベースにあってチャレンジをしなければなりません。“チャレンジと無謀(な行動)は、天と地ほどの差がある”のです。

 東日本大震災により、今年の日本の水の犠牲者数は過去最大になります。無謀なマリンスポーツ・レジャーのいち愛好者の無謀な行動によって、一人でも多く命を落とすことは、これからの将来を期待されながら天国に旅立たねばならなかった未曾有の犠牲者の皆さまやご家族の気持ちを考えると、決して許されるものではありません。

 世界に誇れる魅力的な海に囲まれた日本において、事故防止行動を大前提に、海とマリンスポーツ・レジャーを楽しむ皆さまの屈託のない笑顔を、今まで以上に見られるようになることを心から願ってやみません。

 なお、私は海洋気象において沿岸の波や風に対しては多少の経験・知識はあるものの、沖合の様子については正直長けていません。今回のコラムは、あるユーザーの方からの希望により、力不足を承知で書かせて頂きましたが、上から目線的な失礼な部分がありましたら、この場をお借りしてお詫び申し上げます。

 『マリンウェザー海快晴』は、気象庁のデータのみならず、京都大学防災研究所との産学連携による独自解析をもとに数値データなどを提供していますが、海難事故を未然に防ぎ、マリンスポーツ・レジャー、そして海運・水産業の健全な発展に微力ながら貢献するため、ユーザーの皆さまのお力添えを頂きながら成長して参りたいと考えています。大変恐縮ですが、私自身も海洋気象のベテランの皆さまから、ご指導を賜りながら少しでも成長できればと考えています。どうぞ忌憚(きたん)のないご意見・ご要望をどしどしお寄せくださるよう、引き続きよろしくお願いいたします。(了)

    2011年8月25日

    株式会社サーフレジェンド

    代表取締役 加藤道夫

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